2013年10月05日

運命以前22


運命以前最終回をお送りします。
二十二週に渡ってお送りしてきたこのお話も、ついに最終回です。

どんな最後がシンたちにまっているのか?

では、どうぞ。



22 運命以前の


 運命の力の前で無力を感じる。
 ヒトが自分の無力を感じるのは、すべからく運命の力の前だ。

 八月。
 シンたち士官候補生は最終試験を迎えていた。内容は実機を使ったトーナメント戦だ。
 使われるのはシミュレーターで動かし慣れたGATーX105ストライクだ。
 試合は体育館の大型ビジョンでパブリックビューイングが催され、さながらお祭り騒ぎの様相を呈していた。
 全校生徒がトーナメントの行方に手に汗手握ることとなる。
 シンとレイは順当に勝ち進み、決勝戦で顔を合わすことになった。
 その日一番の好カードに、場内は沸き立った。
 そして、その時はやって来た。
 荒野に相対する二機のストライク。
 周囲をカメラを搭載したハロが飛び回る。体育館では試合開始のカウントダウンが始まった。
「3,2,1,0!」
 合図とともに両機は距離を取って、お互いライフルを放った。レイは対ビームシールドで防ぎ、シンは射線上から外れてかわした。
 スラスターをふかし、大地を滑るように移動しながら、ライフルの連射を行ってくるレイ。
 シンはそれらを器用に紙一重でかわし、応戦する。ビームの雨が今度はレイを遅う。
 レイはかわしきれずに一撃を肩に被弾した。
「やった、レイに当たった!」
 コックピットでシンがガッツポーズをしていた。
 それを何度か繰り返し、ライフルのエネルギー切れと共にそれを大地に投げ捨てて、ビームソードを抜き放ちつつ、レイが向かってくる。
 シンもビームソードを抜き、向かって行く。
 斬り結ぶ二機。
 レイが僅かに力負けし、シンが僅かに力勝った。レイが後ろへふらつく瞬間をシンは見逃さなかった。シンはビームソードを薙いだ。
 レイ機はメインカメラごと頭部を胴体から切り離されて、地面に転がった。
 雌雄は決した。
 シンの優勝だ。
 スタジアムの中は歓声に湧いたが、当のシンはこの勝利に素直に喜べずにいた。
 シンはコックピットを開け、ラダーを使って地表へ降りた。そしてレイ機まで走った。
 機体を倒した状態で横になっているストライクのコックピットを強制解除すると、中の様子を伺った。レイは脳しんとうを起こして気絶しているようだった。レイを外へ引っ張り出す。
 しばらくすると、救急車が横付けされ、レイとシンを収容してその場を離れたのだった。

 その夜遅くにレイは部屋へ戻ってきた。シンは昼間の内に解放されてとっくに部屋に戻っていた。
 レイの顔は曇り、表情は固い。
「レイ……?」
「……なんだ」
 氷のように冷たい声だった。
 シンがレイの上位に立ったことで、レイの不興を買ったのだ。
 自分の地位・居場所を脅かそうとする者をレイが放っておくわけがない。
 シンはただの馬鹿じゃなかったということだ。一足飛びで戦技研までやって来たシンだ。その才能をねたみこそすれ、手放しで喜べない。
「敵に塩を送るほどうつけじゃない。そろそろ一人で立ったらどうだ。もういいだろう」
 シンの中に見た可能性、忘れた訳じゃなかった。
「随分良くなった。俺の役目は終わった」
「それはレイがいるから、レイの手助けがあるからだ」
「他の奴に見て貰え。この態度に耐えられないというなら、部屋割りを変えてもらおう。確かこの間退所した奴がいたな」
「レイじゃなきゃダメだ、レイじゃなきゃイヤだ」
「俺を煩わせるな、これ以上邪魔をするな」
「俺を見捨てるの? 見限るのか? 俺がレイより上に立ったから? それが気に入らないのか」
「………」
 驚愕したシンはフラフラと部屋を出て行った。
 シンの様子がおかしいのは明らかだった。何をするかわからないと知っている。ジレンマに襲われるレイ。
 シンの身を案じるなら、すぐ追いかけて連れ戻すべきだが。
「駄目だ。追い掛けるな:今追い掛けたら永遠に俺はシンを突き放せない」
 その場は気を収めて、レイはベッドに入った。
 穏やかなレイの海が荒れ狂う嵐に悶える。
 一時間、二時間、三時間経ってもシンは戻らない。探しに行こうか。いや、シンはレイが追い掛けて来るのを待っているに違いなく。
 これはシンとの我慢比べだ。シンが呼ぶ声が聞こえる。俺の名を呼ぶ声。呼ぶな、呼ぶな。
 夜明け前、四時を過ぎてもシンは戻らず。レイはついにシンの姿を求めて部屋を出る。
 屋上。
 暗闇を見つめるシンの後ろ姿。まだ、夜が明けやらぬ空。
「…来ちゃったんだ、レイ。レイは優しいなぁ…冷徹になるならもっと徹底しなきゃ。俺、夜明けが来たら諦めようと思ってたのに」
「夜が明けたら……どうするつもりだった」
 シンはレイの問いには答えなかった。
「俺がレイの上に立ったこと、そんなにダメだった? 俺のこと見下してたんだね、やっぱり」
「違う。俺から存在意義を奪おうとするからだ。完璧でなければ生きている意味が無いと言った」
「そんなんじゃない、そんなわけない。あんあのたまたま偶然。俺みたいのがレイに勝てるわけない。今レイの中に渦巻いてる変な気持ち、何だか教えてあげようか」
「どうしてわかる」
「それはね、嫉妬っていうんだよ」
 確かにレイの中に燻っている妙な気持ちがなんであるのか、分からずに持て余していた。
 これが嫉妬か。
 なんて醜い感情か。
「だから、今まで通り俺を構って俺に優しくして。レイがいなければ生きていけない。レイの優しさがないと精神を保てない。レイのいうことなんでもきくから、しろって言われたこと全部やる。するなって言われたことは絶対しない」
 レイに飛びかかってキスをする。シンも必死だった。
「なんでもする、なんでもあげる。身体だって差し出す。だからお願い。俺、生きなきゃ生きなきゃいけないんだ。それが出来ないって言うなら、今ここで俺をそこから突き落として殺せ」
 憎しみが生きる理由。その支えにレイの優しさを利用している。
 鬱の人間は今笑っている瞬間も死と生が紙一重。どうやって死のうか考えている。
 生きる為の理由、強烈な理由がいる。
「俺が…シンを…殺す…?」
「俺を殺すのか、生かすのかどっちだ」
 こんなことになるような気がしていた。うっかりこいつに救いの手を差しのべて深入りして。最後には命の選択まで負わされる。差しのべた手が命を長らえさせたから、やさしさがなまじ彼に希望を与えたから、その責任が生じたと。
 終わりまで離れられない。なんて代償。手を差しのべた代償。
「生きる理由を明確にして尚、死を口にするのか」
 拳を握り締めるレイ。乱れた髪が簾のように顔にかかる。
 見放しても側にいなくても、共に生きなくても、シンには世界のどこかで生きていてほしい。
「俺におまえは殺せない。俺はおまえを生かす」
 生きるということに意味を必要としない強き者。
 生きるということに意味を必要とする弱き者。
「生きることに理由がいる。俺は弱い人間だから」
 白い水面に雫が落ちる。一滴は波紋を広げ、やがて波を起こす。そして滲み始める憎しみと怒り。失うものはもうなにもない。でも、もう何も失いたくない。
 シンは転落防止用の金網を登って、向こう側へ行こうとする。
「なんでもいいから、俺のこと愛してるって言え!」
 シンの声は奇声に近かった。
「おまえはどうなんだ!」
「俺がこれから行けていく世界は奪うばかりの地獄だ、そんな世界に住む俺に、誰かを愛する資格はない!」
「分かった。俺はおまえを愛している!」
「憎しみを糧に生き、おまえの優しさを支えに使う…そんな弱い俺を、おまえは愛せるのか? 愛してくれるのか?」
「愛せる!」
 レイはきっぱり言い放った。
「その代わり、おまえの罪を半分寄越せ。俺にも背負わせろ。おまえの野望に一役買おう」
 レイの声がシンの心を優しく撫でる。
「他人の痛み、すべては分からなくても共有することは出来ると思うから」
 慰めるもの癒やすものを探していた。自分を取り戻すため、思い出すため、失くしたバラバラに飛び散った自身を。
 失くした自分かき集めて再構築したつもりでも、元には戻れなかった。もうあの頃の自分は二度と戻らないと。
 変わってしまった。根幹から全てが。
 もう戻れない……
「レイ……!」
 シンは金網から飛び降りると、レイに向かって一目散に走ってきて、飛びついた。
 レイがシンを受け止めて抱きしめた。
「シン、愛してる、愛してる」
「うん、うん」
 朝日が二人を照らし出す。二人はいつまでも抱き合っていた。

 レイの優しさを使ってまで、憎しみと苦しみの世界にとどまることを望むシン。

『みんな幸せを探してる
 誰だって一人で生きれない
 涙にもその訳を問うのなら
 まだ温かい この手を捧ぐ

 空をおおう闇と光も
 いつか僕たちを包んでくれる
 それを信じ明日を描けたら
 青い空へと向かってゆける Story』

 癒やしというものが本当にあるのなら、それはこの歌声かも知れない。
 目を閉じ、
 息をつき、
 身をゆだねる。
 肉体という小さな方舟を手放し、意識はたゆとう。

 シンが歌ってる。
 いつもシンがそうしているように、床に座り込み、膝を折って両腕に抱え、背を丸める。顔を埋める。
 もう少し歌って欲しい。
 歌ってくれないか今の歌。

 背を蹴れば簡単に地獄の坂を転げ落ちるだろうシン。
 レイの優しさがなければ生きていられないという。
 シンを生かすも殺すもレイ次第という訳だ。
 手のひらの上に乗っている、震える命。握りつぶすのも自由だ。
 シンの命を握っているという事実。
 奇妙な感覚。
 心の隅に小さな光が灯ったような、
 暗い歓び。
 それは生きる喜びにも似て。
 無機質なレイは、その小さな光の感触に自らも生きているという実感を得る。
 そして思う。この光と共にあれば自分もヒトになれるかも知れない、と。

 言うことをきかない玩具は、ぐちゃぐちゃに壊すか。
 いや、あれは放っておいても勝手に壊れる。
 せめてその様を見ていよう、黙って。
 これが愛じゃないのか。どんな仕打ちを受けようと拒絶されようとも、おまえに与えてやりたいと思うこの気持ちを。
 うんと頷いて、笑って泣いてくれ、シン。

 もう何も言わなくていい。
 おまえの想いがかりそめでも、
 俺はおまえに寄り添っていたい。
 掴んだ手も離さなくていい。
 おまえが遠くへ行ってしまって、
 どんな姿に変わろうとも、
 俺のおまえへの愛は変わらないから。

 レイの強さ、真摯な愛。
 強く美しい想いは壊れない。揺らぎがない。


 卒業間近になって、どこに配属先が決まるかシンは気が気でなかった。
 やはりレイとは離れ離れになるのか。
 それを考えると肝が冷える。どうしようもないことだが心が引き裂かれる思いだ。危機感に戦々恐々としていた。
 せめて別になってもすぐ会える所がいい。それならまだやっていける。でも、そうじゃなかったら、宇宙を挟んで離れたら…?
 シンは鬱に陥る。
「ザフトレッドは全員新造戦艦ミネルバへの配属を命じる」
 戦技研のメンバーは既に全員が赤服を着ることが決まっていたので、その通達はそれは良かった。人生最良の出来事だった。
 自分の運の良さを本気で喜んだ、信じた。
 嬉しくて、鬱から抜け出せなかったことも忘れ、レイに飛びついてキスしたくらいだった。
 問題はその後、二度目の人生最悪の出来事が降りかかってきた。
 最新鋭の機体がレイではなく、シンに与えられるという。ZGMFーX56Sインパルスのパイロットにシンが選ばれたのだ。
 アカデミーの主席卒業はもちろんレイだった。新型はレイに決まっているとまことしやかに囁かれていた。
 シンの成績はレイに次いで二番目。何故なのか理由を探したが、MS模擬戦の最終テストでレイを破ったシンが、トップに躍り出たというだけ。ただ、それだけ。
 総合力では全くレイに及ばない。勝ったのは一度。それだけなのに。
 シンは再び恐れた。
 レイの気持ちが自分から離れることを。
「レイ、俺のこと憎いだろ、俺が邪魔だろ俺なんかいなくなればいいって、消え去れば良いって思ってるだろ、今?」
 レイの背は何も言わない。ただじっと佇んでいる。
 やっぱりそう思ってるんだ。否定してくれよ、頼むから。怒ってなんかないって微笑んでよ。
「でも、俺だって本気でやったんだ。手を抜かないで持てる力は全て出して。それで手にした力だから俺は手放さない。レイは俺なんかに新型かすめ取られて気に入らないかもしれないけど……」
「俺は俺に与えられた役目を全うするだけだ。このことに関して特に感情はない」
「嘘だ、本当のこと何も言わないで無関心を貫こうとする、クールを装っているのは、俺を突き放そうとしてるときじゃないか。いつもそうだったじゃないか、言えよ、本心を」
 シンは後ろからレイにしがみついた。いつの間にか二人の身長は同じくらいになっていた。
「俺はおまえの実力を認めている。心配するな。おまえを突き放したりなんかしないさ」
「レイ、レイ……!」
「俺はどうしてこんなにも感情に苛まれるようになったんだろうな。得体の知れない感情だ。対処に迷う。始末が悪い」
 レイの身体が震えて、シンを向き直った。愛憎のこもった複雑な色を浮かべた瞳でシンを見つめる。
 やはりレイはシンが憎らしく、こいつさえいなければと思っているのかも知れない。
 おまえなんか、おまえなんかと出会わなければと。
「おまえなんかさっさと置き去りにして行けば良いのに。しがみつくおまえを引きはがして部屋を去ればそれで片付くのに。おまえが俺の手を握りしめたまま離さないから」
「握ったまま離すなって言ったのレイじゃないか」
「捨て置いたおまえが闇の中で泣くから」
「レイ……」
 ぎゅっと抱きつく。背に腕を回す、首筋に顔を埋める。離すものか、絶対に。
「レイ。インパルスは渡せない、力は渡せない。でも、他のだったら何だってレイにあげる。レイの欲しいもの全部あげるから」
 そのままシンはベッドにレイごと倒れ込んだ。白い肌の上で血色の良い唇、青い瞳が映える。光の中にあっては溶けてしまいそうな色彩の美しい少年。

 情事が終わってシンは珍しく自分のベッドに帰っていた。
 マユのケータイを久しぶりに手にしていた。
 そして気付いた、ボイスメモに二件目があることを。何かと思って再生してみる。
『…聞こえるか、シン……おまえにもいつか闇の明ける明日は来る』
 レイからのメッセージだった。
 鼻がつんとして、シンはメッセージの暖かさに泣いた。
 これから自分は、世界の隅っこで奪われる者でいるのではなく、争いの物語の中心へ躍り出て奪う者になるのだと決めているのに。

 何を叫べばいいのか。
 何を思ってどんな感情を込めて歌うのか。
 歌とは魂。俺に魂はもうない。
 またシンは空っぽ。
 歌詞が出ない。メロディーが思い出せない。声が出てこない。
 シンはうなだれて頭を抱えた。

 悲しみを憎しみに変えて、生きる意味とした。傷を癒やすことは望まない。
 傷を負ってそれでも一人強くなるしかなかった。
 そしてシンはどこへ行くのか。
 憎しみは消せない。壊すことで誤魔化す他なく。
 苦しみが静かに密かに深みを増そうとも、奪われることの二度とないよう、奪うことに命を焦がす。
 己の全てを破壊衝動に託し、突き進む。シンは開戦後、再び歌を失くす。


 これは、アカデミーで出会い、寝食を共にし、愛し合った二人の、運命以前の問題のお話。


                                      おわり。


つたない話と文章力でしたが、最後までおつきあい頂いた方、ありがとうございました。
MS戦のしょぼさもご愛敬ということで(笑
劇中歌はNaoko Moriの「wishing」です。残念ながらCD化されていません。
確かハガレンの主題歌に使われていたんじゃないかな。
運命以前はこれでおしまいですが、あと二つ番外編SSが残っています。
もう少しだけおつきあい下さい。
 







posted by 松風久遠 at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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