2013年07月13日

運命以前10


運命以前第10回をお送りします。

ルナマリアの部屋へお呼ばれしたシン。
一体なぜ…?
熱帯魚が死んでしまって。
それでどうした…?
レイに約束を破られたシンは。
どんな行動に出た…?

そんなこんなで、どうぞ。




10 仲良しこよし


 シンは、ルナマリアの部屋にお呼ばれした。
『お取り寄せの美味しいお菓子があるわよ』の文句に負けた訳だ。
 男子が女子棟に入ることは禁じられてはいない。その逆も然り。ただ、時間が来ると棟の出入り口にロックがかかってしまうだけだ。そうなるともう自室へは戻れない。行き場をなくして彷徨う羽目になる。
 基本的に不純異性交遊も不純同性交遊も禁止されているが、順守されているかは不明だ。
 女子の部屋は摩訶不思議空間だった。何だか良いにおいがする。部屋の中がピンクがかって見える。入ってすぐに向かい合わせのデスクがあって、部屋の中心にソファが置いてあって、その正面にテレビがあって、その奥にベッドが二つならんでいて。勿論全面窓があって、ベランダにも出られる。
 造りは男子寮と同じなのに全然別の部屋に見える。
 同室者の少女も在席しており、ルナマリアに紹介された。
「この子、ホナミっていうの。あたしより一コ下でメイリンと同い年だから、あんたとも同い年ね」
「よ、よろしくお願いします。ホナミ・ガサラキといいます」
 栗色の長い髪を毛先でまとめており、黒い瞳がエキゾチックな少女だった。
 ホナミは、あの、噂のシン・アスカを前にして明らかに怯えていた。
 そのシン・アスカはそわそわしていた。慣れない女子の部屋で浮き足立っていた。
「シン・アスカ。よ、よろしく」
 シンは照れ隠しに無愛想で答えた。
 ホナミはいそいそと動き回り、お茶の用意をし、届いたばかりのお取り寄せのお菓子を皿にあけて、ソファの前に置いた小さなテーブルに並べていった。
 ルナマリアより年下で、女だてらにバリバリに士官を目指している彼女のことを色んな意味で怖がっている様子。縦関係がしっかりしている。
 ホナミはメイドのようにてきぱき紅茶をいれ終わると席に着いた。
「三ヶ月待ちのアンナマリナのタルトタタン!」
 タルトタタンはタタン姉妹がうっかり焦がしてしまったリンゴにパイ生地を被せてひっくり返して客に出したという、偶然出来たお菓子だ。ほろ苦さ、甘酸っぱさが凝縮された大人味のスイーツで、小さいお子様お断りの一品である。
 それプラス、ホナミのいれたロイヤルミルクティー。
「いっただきまーす」
 シンはザクリとフォークを入れて真っ黒な表面のタルトタタンを口に運んだ。
 そのキャラメリゼの独特の甘さと苦さと、リンゴの酸味が相まって何とも言い表しがたく美味い。
「さっすがぁ、悪魔のアップルパイと言われるだけあるわね」
「わぁ、おいしー。これはアタリですね、ルナさん」
「なぁ、ルナぁ、もうワンピース食ってもいい?」
「どうぞどうぞ。どうせ二人じゃ食べきれないもの」
「やったぁ」
 シンはもう一片切り分けて貰い、子供のように喜んでタルトタタンを食べ続けた。
「うめぇ、やべぇ、超うめー」
 へらへら、ぱくぱく食べているシンを見て、ホナミが不審がった。
「あのー、本当にあのシン・アスカ・・・さんなんですよね?」
 目の前のシンが、悪評と悪名の高さに膨らんだ人物像とあまりにも違ったせいだろう。
「そうよー、コレがあのシン・アスカよ」
「そうだけど。何か?」
「いえ、お話に聞いていたのと随分印象が違うなと思って」
 仲良しのメイリンは言っていた。シンは何か言いようのない不安を感じさせると。私たちにはとても手に負えない複雑な問題を抱えているようで、今にも破裂しそうな、内に得体の知れない化け物を抑え込んでる気がしてならない、とも。
 しかし、単に女の子二人の前では、さすがに男としての自尊心が働いているのと、食い物に釣られて幸福感を味わっているからというだけのことで。要するに不機嫌な噂と逆に機嫌が良いだけなのだ。
「プラントの連中って、ホント噂好きだよな」
「それで、あのぅ」
 ホナミがもじもじしながらシンを見た。
「レイ・ザ・バレルと同室って本当ですかっ」
 そらきた。またきた。移動遊園地に行った時もメイリンが隠れて訊いてきたのだ。
「・・・そう」
「どんな人ですかオフでも王子は王子ですか」
「は・・・はあ?」
 ルナマリアに視線を投げたが、知らんぷりをされた。
「レイ・ザ・バレルは女子の間でアイドルと化しています。いいえ、既に神ですッ」
 ホナミは握り拳に力を込めて力説した。意識が遠くに飛んでしまっているようだ。妄想癖のある子なのかも知れない。
 ならば、乗ってやろう。
「毎晩ヤッてます、とでも言えば良いワケ?」
「きゃあああ! そんなまさか。でも、アスカさん色は白いし、顔を隠してる黒髪さえなければ十分美形だと思うんです。お似合いですっ」
「女って皆そういうこと日々考えてんの?」
 わっかんねぇのーと、ルナマリアに同意を求めたのだが、逆に諭されてしまった。
「コラ、シン。悪のりしないの。本気にしちゃうでしょ。ホナは腐女子なんだから。どこまでも妄想が広がるわよ」
「ふ・・・女子?」
 その後もホナミのドリーミーな質問は続き、シンは気のない返事を適当に返すのだった。

 レイは花の世話の他にも、熱帯魚の世話も熱心にしていた。だが、命あるものいつかは終わりがくる。
 この日、一匹の熱帯魚が死んだ。アピストグラマトリファスキアータスという一回聞いただけではとても覚えられない長い名前の、特徴的な淡いブルーを基調とした体色が上品な熱帯魚だった。
 レイは網ですくい上げると、手のひらに乗せて悲しみの言葉を口にした。
「どうして命の終わりとはこんなにも悲しいものなのだろうな」
 そして、一筋の涙を落とした。
 この涙は世界中でいちばん清らかな涙だと、シンは思った。
 思わずどきりとしてしまった。
「死んじゃったのは可哀想だけど、仕方ないよ。水が合わなかったんだよ」
「うん・・・」
「俺、そいつ埋めて来てやるよ。下の中庭に。あそこならベランダからも見えるだろ」
 シンはハンカチに熱帯魚を受け取ると、丁寧に畳んでもって部屋を出た。
 途中、ヴィーノと鉢合わせた。
「よぉ、シン! 今からおまえの部屋へ行こうとしてたんだ。コレ、この間言ってたゲーム」
 ゲームディスクの入ったケースの角を振って頭を打つ。ゲームもダウンロード購入が当たり前の時代だ。要するにこれは昔昔の古い時代の代物なのである。
「あ。後にしてくんない? こいつ埋めにいくんだ」
 シンはハンカチをヴィーノに開いて見せた。
「ネッタイギョ? そんなの飼ってンの?」
「うん、レイが」
「士官候補生はリッチだにゃあ。オレもついてくよ。ついでだし」
 ヴィーノが後ろをくっついて来ることになった。
 他愛ない話で盛り上がりながら、中庭についたシンは、土の軟らかそうな場所を選び、しゃがむと穴を素手で掘り始めた。
 その間、熱帯魚はヴィーノに預けてある。
「こいつは色の発色がいちばんキレイだった。もしも人間だったらかっこかわいい美少女だったに違いないよ」
 ヴィーノの手の中の熱帯魚は色をうしなって、電池の切れた玩具みたいだった。
「やっぱ悲しいモンなのか? たかがサカナでも」
 ヴィーノが言った。
「そりゃそうさ。仮想空間で疑似生命が死ぬのとは違うよ」
「だからリアルで生きもん飼うってのはイヤなんだ。飼うならやっぱバーチャルだ。リアルは死ぬんだもん死んだらいちいち切なくて悲しくて、ホーント、ヤだ、オレ!」
「意外だな。おまえってそういうの無頓着なタチと思ってた」
 軽佻浮薄のヴィーノのことだから、その死生観も支離滅裂なのかと思いきや、である。
 バーチャルとリアルを混同していて、どっちが死ぬのも同じと思っているのかと。実際はキッパリ区別がついていた。
「なにをう! 心外だな!! おまえはどうなんだ、思い入れはないんかよ」
「えーうーん。何となくガックリとはきてるけど、ヴィーノやレイほど悲しくは感じてない・・・のか」
 自問するシンをヴィーノは軽蔑の目で見た。
「……冷たい、そんで軽い」
 ヴィーノは出来上がったばかりの墓標に跪いて空を十字で切った。
「クリスチャンなのか?」
 ただ横で合掌していたシンが尋ねた。
「カタチだけ。格好つかないだろ。プラント市民は無宗教だよ。宇宙に神はいないんだ。神はオレらコーディネーターだ。あぶねー思想家だサイコな新興宗教だは、わんさとそんざいしてるけどな」
「ふーん」
 ふと顔を上げると、バルコニーに出たレイがこちらを眺めていた。
「レーーイ!」
 気付いたシンが嬉しそうに、見上げて手を振る。
 レイが小さく笑んで手を振り返した。
「オレ、帰るわ」
 呆れて立ち上がるヴィーノ。ゲームをシンに渡して立ち去っていく。
 なんだ嬉しそうなカオして。
 仲良しこよしなんじゃん。

 午後の授業が休講になったその日、半日の休みを手に入れたシンは、レイと市街地へ買い物をしに行く約束を取り付けた。
 選べる程に増えた洋服の中から選びに選び抜いた一着に着替え、レイの帰りを待った。
 ところが、待てど暮らせどそのレイが帰ってこない。初めの一時間は、レイめ何を奢らせてやろうか、とイタズラな考えでいた。二時間経って雲行きが怪しくなったが、まだ大丈夫と思っていた。そして三時間。そこで諦めた。
 携帯端末にかけてみても繋がらないまま、シンのイライラと時間だけが積もっていった。
 先日、ヴィーノに借りた古いゲームをクリアした頃になって、ようやっと部屋の扉が開いた。
 半日待ちぼうけを食らったシンは、怒り心頭で開口一番、レイに食ってかかった。
「今まで何処で何をしてたんだよ!」
 勢い余って舌を噛むところだった。レイに反撃する隙を与えず怒りをぶつけ続ける。
「何ですっぽかすんだよ! 楽しみにしてたのに! 約束しといて守らねーなんて、最低だっ!」
 レイは悪びれるでもなく、冷静に事実を告げた。
「仕様がないだろう。急に特別課題を命じられたのだから」
「なら、予定が駄目になったって、連絡くらいしろってんだよ!」
「それもそうだな。失念していた」
 今気付いたとばかりに、レイは細い顎に手をやった。
「俺との約束より特別課題の方が大事だったってのか?!」
「それはそうだな。俺がここにいるのは、優秀な軍人となる為、学ぶことだからな」
「平然と言ってないでまず謝れ、俺に! バカじゃん、バカじゃん、バカじゃん、おまえ!!」
「俺だって極力急いださ、急いでこの時間だ」
「人間相手にしてるって分かってんのか? 人を裏切る、気持ちを踏みにじって平気だなんて、おまえには感情がないのか、気持ちが亡いのか、心はないのか! ただの優秀なコーディネーターって生物か?」
 シンの頭の中で信号が点滅する。これ以上言うべきではないというシグナルが。
「どうせそうやって他人を手の上で転がして、つまらなくなったら手のひら返して地べたに落として。そんなことばっかやってきたんだろ!」
 レイを傷つけるのはイヤだ。しかし、別の声がシンに告げる。
 こんな奴、何言ったって傷つきやしないさ。気に入らないコト、全部言ってやればいいんだ。
「シン………」
 当惑するレイ。どこか悲しそうな表情でシンを凝視している。
 それに焦ったシンは、最後に叫んで、部屋を飛び出した。
「レイの馬鹿! 大キライだっ!」
 部屋を出たのはいいが、行き場のないシンは困った。怒り収まらず廊下をぐるぐる回った後、思い当たった場所へと足を向けたのだった。

 後に残されたレイは突っ立ったまま、呆然と宙を見つめていた。
 そんなに自分は大失態を犯してしまったのだろうか。
 課題といっても、教官から指揮官としての将来性を高く評価されたレイが課されたものと、シンが懲罰的に食らうそれとはまるで意味合いが違うのだ。
 約束の定刻を過ぎれば、他の誰かと出かけて行くだろうと思っていた。その位、レイにとっては軽い口約束だったのだ。
 レイは深く嘆息した。
 シンの行き先は大体察しがつく。屋上くらいしか行き場はないだろう。そのうちふて腐れて戻ってくるに違いない。
 と、思っていたのだが、それは甘い考えだった。
 沈黙を破ったのは、機械的な音だった。部屋のインターフォンが鳴ったのだ。
 レイが応答すると、素っ頓狂な声が耳朶を打った。
『大変よ、レイ! シンが資料室に立て籠もってレイを呼べ、呼ばなきゃここは開けないって内側からロックかけちゃって』
 資料室を占拠したのだと、ルナマリアの声が告げていた。
 レイは頭を抱えた。金糸の髪が垂れて揺れる。
『すぐ行く』
 レイはルナマリおアと共に別館の資料室へと向かった。
 資料室の前は噂を聞きつけた人間でいっぱいだった。
 人混みをかき分けて、レイは資料室のドアの前まで辿り着いた。
『レイ・ザ・バレルを出せ! 連れて来るまで俺はここを動かないぞ!』
 インターフォン越しにシンが叫んでいる。
 レイはそれに答えた。
「シン、俺だ。俺が悪かった。謝るから出てこい」
 素直に開く扉。ロックが外され、扉がスライドする間にも、俯いたシンの姿が目の前に見えた。二人、ドアをはさんで向かい合わせに立っていた。
「レイ〜〜」
 泣き濡れたシンが、レイの目の前に現れた。
 レイはその首根っこを掴むと、
「騒がせて悪かったな。俺の監督不行き届きだ。道を開けてくれ」
 早々にその場をシンを引きずりながら立ち去った。
 部屋につくなりレイは、シンをベッドの上に興味を失った子供がぬいぐるみを投げ捨てるように放り投げた。
「怒ってる:? すげー怒ってる?」
「馬鹿かおまえは。レポートの残っている奴もいるだろうに、資料室なんて場所を占拠して、他人に被害を与える馬鹿があるか」
「だって……だって……」
 先程まで逆上していた怒髪、天を衝く姿はどこへやら。百八十度変わって弱気ヘコみモードのシン。レイのインターフォン越しの謝罪で大方気は済んだのか、しおらしくしている。
「ごめん、レイ…俺、さっき言い過ぎた。調子に乗ってヒドイこといっぱい言った」
「謝らなければならないのは俺の方じゃなかったか?」
「心ないなんて言って悪かった」
「取り繕うな。おまえがそう感じているなら仕方ない」
「そ、そんなコトない、だから謝って」
「本当にか」
「…いや、ちょっとだけ…」
 シンはベッドを下りて、床に膝を抱えて座り込んだ。
「俺との約束がおまえにとって、そんなに重要だと考えてなかった。俺が定刻に帰らなければ他の奴と出て行くだろうと」
 それは違う、とシンが呟いた。
「約束したから。レイと行くことが重要だった、今日は。俺はレイのこともっと分かりたいし、俺のことも分かって欲しいから。こうやってレイにキッパリ拒絶されると落ち込むよ」
「そうだったのか…」
 要はシンはレイとコミュニケーションを図りたかったのだ。レイは今更ながらそのことに気が付いた。
「レイは誰かとやっと会う約束を取り付けて、その日を心待ちにしてて、突然ドタキャンされたことないの?」
「……ある…」
 ごく最近のこと。ギルに会えずじまいで約束がフイになった時の切なさが胸を過ぎる。
「そん時、どんなキモチだった?」
 レイは答えることが出来なかった。
「俺、今そんな感じ。同じだよ」
「そうか。良く分かった。本当に悪かったな。今度の約束はちゃんと守ろう」
「また、約束してくれんの? じゃあ、今度の休み!」
 シンの泣き顔が、輝いた。
「ああ、わかった」
 レイは自嘲気味に答えた。
 負うた子に教えられるとはこのことか。
 今度ばかりはレイの完敗だった。
 それもたまにはいいかと思う。
 シンの笑顔が見られるのなら。

                                        つづく。


ホナミが出てきました。前回のヨッきゅんに続いて彼女のフルネームも明らかに…!
って誰も知らないか。
ホナは看護師を目指している女の子です。
ミネルバにも衛生兵として乗るのです。シンは知り合いをいいことに、睡眠薬をちょろまかす手伝いをさせるのです。パイロットが睡眠薬飲んでるなんて知れたらどうなるかわかりませんから、記録には残らないように睡眠薬を頂戴していた、と。

あとはシンを怒らせると面倒臭いというお話でした。











posted by 松風久遠 at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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