2013年06月29日

運命以前8


運命以前第8回をお送りします。
中々仲良くならない(笑 シンとレイですが、今回はちょっとは仲良くなれそう?
レイがシンに提案したことは。
プラントの夜の異常事態に騒ぐシンにレイがしたこととは。

では、どうぞ。




    8 月は出ているか


 病院で偶然見た広告がシンの人生を変えた。
 診察を終え、病室へ戻る途中だった。歩行器なしでは歩けない、今よりずっとやせ細ったシンは点滴のスタンドも兼ねた歩行器に掴まりながら、とぼとぼと歩いていた。それも二人の看護師に支えられながら、だ。半ばシンが危険なことをしないように見張る為の護衛役だった。病院でもシンは問題児扱いを受けていたのである。
 ふと見た手すりの上の小スクリーンに映し出されていた広告。
『君もナチュラルからプラントを守らないか』
 そんな煽り文句と一緒に、敬礼する軍服を着た少年少女が二人写っていた。
 ザフト入隊への参加呼びかけの広告だった。
 画面変わって、次々と写し出されるMSを始めとする兵器の数々たち。
 この広告にシンの目が釘付けになる。
 これだ、と思った。
 ここからシンの大逆転劇が始まった。

 レイが四月の花としてデスクに置いたのは、花海棠だった。花の色が美しく、開花前の赤い蕾が垂れ下がる姿がとても個性的だという。花言葉は「艶麗」である。
「なんかそれってレイそのまんまだよな」
「どういう意味だ」
 レイに絶対零度の視線がシンに突き刺さった。レイの視線にはたまに殺傷能力があるんじゃないかとシンは思っている。
「って、悪口じゃないじゃん、この場合」
「おまえが言うと悪意を感じる」
「ひっでぇの」
 故意はないのにまったくひどい話である。
 花海棠の薄紅色の花をつけた花柄が俯き加減に咲いているのに励まされながら、その日の課題はやり終えることが出来た。
 風呂にも入って後は寝るだけという、唯一まったりと出来る、しばしの休息の時。
 レイは春風駘蕩として電子書籍を読み耽っていた。
 シンはベランダに出て湯冷ましに風に当たっていたのだが、そこで愕然となる現実を目の当たりにして、部屋に戻るなりレイに呼びかけた。
「レイ! 大変だ!」
「何だ。藪から棒に」
 レイはタブレット端末から顔も上げずに、気のない返事をした。
「月がない! おまけに星も出てないっ!」
「システムの故障か点検だろう」
「そんなバカな! おまえらプラント育ちは月がなくても平気なのかっ」
「新月なんじゃないのか」
「違うよ俺、月齢数えてるもん。今日は三日月の筈なんだっ」
 プラントの空は全て作り物だ。昼間は疑似太陽が世界を照らし、それに合わせて空の色も表情を変える。夜は疑似月や星々が投影され、さながら規模の大きなプラネタリウムそのままだ。
 シンはレイを無理矢理ベランダに連れ出すと、そら見たことかと言わんばかりに主張した。
「ほら見ろ、真っ暗だろ」
 レイは眺めることひとしきり、ため息をついた。
「本当だな。明日センターに連絡して訊いてやる。今はそれでもういいだろう。眠る前に興奮するのは良くないぞ」
 そう言い残して、レイは部屋へ戻って再びタブレット端末に目を落とした。
 シンもしぶしぶ部屋へ引き上げた。ぶつくさとこれだからプラントの奴はなどと、呪詛のように唱えながら、いつの間にか眠ってしまったのだった。

 体力作りを目的に、早朝ジョギングをしないかとレイに誘われた時は、正直気が引けたのだが、体力向上はシンにとって目下の重要事項であったし、レイと二人きりでというところに目新しさを感じて応じることにした。 昼間は取り巻きに邪魔されて、レイに話しかける隙さえなかったからだ。
「まずは小手調べに五キロからはじめるか」
 最終的に何キロ走るつもりなのだろうか、一抹の不安を覚えながらも、最初の五キロは完走できた。
 レイと会話しながらなどという、青写真は辛くも裏切られた。走るのに精一杯でそれどころではない。走り終わったシンはバテバテもいいところだった。
「まあ、最初はこんなものだろう。頑張れ、シン」
 レイにそう励まされ、シンは己の体力のなさに閉口するばかりだった。
 しかし、運動の後の飯は美味い。たまに食堂で相席するルナマリアもシンの食べっぷりについては一目を置かざるを得なかった。
「よくもそんなに入るもんねぇ。あの健康不良児が嘘みたい」
「運動すると腹が減るんだ」
「朝練なんかやってるんだ」
「レイとジョギング。誰もいない校舎の周り走んのも、なかなか気持ちいいぜ」
「レイと二人で? また変な噂がたっても知らないわよ」
 シンはともかく、驚いたことにレイにも悪い噂はあった。最近もこんなことがあった。
 休憩時間、生徒同士が噂話に花を咲かせていた。
「あのレイ・ザ・バレルってパトロンがいるらしいぜ」
「人形みたいな綺麗な面してるもんな」
「評議会の議員の一人らしいぜ。そいつの操り人形でさ、夜の方もヤられっぱなしで、まさに人形だよな」
 そんな噂話をシンは聞いてしまった。何も知らないくせに、とシンの頭の血が一瞬で沸騰した。
 ダンッと壁を叩き、
「おまえらそのくらいにしとけよ」
「なんだぁ〜? シン・アスカのくせに」
 士官候補生の一人がシンを向き直り、あからさまな敵意を示した。シンにはそれで十分だった。
「俺のことはいい、でも、レイのことを汚す奴は許さない」
「なんだとぉ」
 シンは机の上を飛ぶように移動すると、三人の士官候補生に殴りかかった。シンは三人を相手に立ち回り、ノーダメージとはいかないものの一気に撃沈させてしまった。
 部屋に戻ると、レイの叱咤が待っていた。
 レイはシンの顔の怪我を見るなり、
「また、ケンカか」
 アカデミーに入って何度目かの科白を吐いた。
「だって、あいつらがレイのこと悪く言うから」
 救急箱を持ってくる様も慣れたもので、レイはシンの怪我の手当を始める。
「パトロンがいるとかなんとか」
「パトロンはいないな。後見人ならいるが」
 レイは苦笑した。
「後はひどくてとても言えない」
「つまり、おまえは俺のために怒ってくれたということか」
「平たく言えばそういうことだ」
 ひどく言いにくそうにシンは答えた。
「俺なら大丈夫だ。俺は俺の価値を知ってる。周囲がどう言おうが、俺の価値は揺るがない」
 レイは蝶よ花よともてはやされながら、その裏で心ない中傷の的にされていることも知っているのだ。
「みんな自分の価値を信じたい。俺だって自分に価値があるって信じたい。でも・・・そんなに強くない。自分の評価は周りや他人が決めちゃうもんなんだ」
 消毒液が傷にしみて、シンは顔をしかめた。
「そうか。俺は自分の価値は自分で決める。いいか、自分のことを最もよく知っているのは自分だということを覚えておけ」
 自分の腐された噂にレイを巻き込むのは、どうしても避けたい事態だ。まぁ、その辺はアンラ・マンユを筆頭にレイを取り巻く輩たちが何とかしてくれるだろう。
 シンはそう考えるようにした。

 二日目の朝。
「今日は六キロに増やしてみようか」
 などと、レイが言い出した。
 シンは無理というのが嫌で、嫌々ながらも首を縦に振った。
「俺、頑張る」
 走り始めてすぐ、レイがシンに報告した。
「あの、夜に月が投影されないのは、やはりシステムの故障らしい。修復するのに一週間から十日程かかるそうだ」
「え〜〜〜、そんなにかかんの。案外脆弱だな、プラントの技術も。レイが何とかしてくれよ。偉いんだろ何でも出来るんだろ」
「無茶を言うな」
 シンはそれだけ言うのが精一杯で、後は走ることに専念した。

 朝早く起きることは、不眠症で眠りに拘りのないシンにとって辛いことではなかった。携帯端末に時刻をセットして、時間が来たらアラームに起こされる。それの繰り返しだった。
 早朝、起きるともうレイは起きていて、身支度を整えていた。ノーガードの為、間抜けに欠伸などをしている。この姿を学校中の奴らに見せてやりたい。いや、特別に自分だけが知り得るレイの一面として大事にとっとこう。
 シンもトレーニングウェアに着替えると、二人示し合わせたように無言で部屋を出た。
 走り始めてすぐ、レイが珍しく水を向けてきた。
「おまえ、よくその体力でアカデミーに入隊出来たものだな」
「うん、それは俺もよく思う。体力テスト、ギリギリだったのかなぁ」
 それがセーフだったのかアウトだったのかは今となってはわからない。
「学力考査は自信あったんだぜ」
「ふぅん・・・では、面接でも心証は良かったんだろうな」
 面接でザフトに志願する理由を訊かれて、
『戦場に出たら誰よりも多くの敵を倒す自信ががあります。最後にそこに一人で立っているのは俺だ。命令があれば国一つ滅ぼすこともいとわない。憎しみを向ける的と復讐を遂げる為の力が欲しい』
と答えた気概が認められたのかも知れない。こういう時、攻撃的だとよく周りから評された赤い瞳が役に立つ。
 適性検査は、身体検査に始まり、IQ測定から、果てはDNA鑑定まで。精神鑑定と健康診断はさすがにマズイ結果が出そうだったが、何故かパスした。
 晴れて、ザフトアカデミーへの門戸は開かれたのだった。
「よくそれでパスしたものだな」
「俺も不思議だよ」
 もやのかかった幻想的な道を走っていると、ここがどこだか分からなくなってくる。校舎の外周が丁度五キロらしい。
「レイは何の為にアカデミーに入ったの?」
「大事な人を守る為。大事な人の役に立つ為、だ」
 レイは真っ直ぐを見て言った。一つに束ねた金糸の紙が上下左右に揺れて光る。
「それって誰?」
「俺の後見人だ」
家族と呼べる人はもうただの一人しかいない、とレイは以前言っていた。それはその後見人のことではないのか。
「へえ・・・」
 それ以上は踏み込んで聞けなかった。何故だか気がはばかれて。訊いてはいけない雰囲気だったのだ。

 一週間経っても、十日経っても、月はプラントの夜空に昇らなかった。
「どういうことだよ、システムの復旧はいつになるんだよ!」
 期限が来ても出ない月に、シンがぎゃーぎゃー言い始めた。
 レイはデスクでハサミ片手になにやら工作をしていた。
「なぁ、レイ〜。どうなってんだよぉ」
「うるさい。予定は仮定であって決定ではない」
 レイはデスクを離れると、ずかずかとシンの前を通り過ぎ、窓辺で立ち止まった。
 そして、三日月の形にくり抜いた白い紙を窓の高い所にテープで貼り付けたのだった。
「今はこれで我慢しろ」
「・・・何それ」
 呆気にとられたシンが呟いた。
「三日月だ。これを月だと思って、今は我慢しろ」
「それが、月ぃ?」
 レイが折り紙を三日月の形に切り抜いて作った疑似月。その発想がレイらしくなく、子供っぽかったので、シンは大笑いした。
「ぎゃはははは! おっかしい、腹が捩れる!」
「何故笑う。おまえの為だろうが」
「だからって、レイがそんなことするなんて、似合わねー」
 矜恃を傷つけられたのか、レイの柳眉が中心に寄った。
「あははは、でも、ありがと」
 シンは目尻に浮かんだ涙を拭った。
 良いアイデアだと思ったのに、とでも言いたげなレイが不服そうな表情で紙の月を見やった。
「ありがとう、レイ」
「少しでも気が静まったんならいい」
 レイの気遣いが嬉しくもあり、可笑しくもあり、シンも紙の月を見上げた。
 プラントの夜空に月が戻ったのは、それから三日後のことだった。
 それでもシンは何だか勿体なくて、レイの紙の月はしばらくそのまま置いておいた。


                                       つづく。


サブタイトル最初は「ペーパームーン」だったのですが、あまりにそのままだったのでやめました(笑
レイとのジョギングは楽しいようです。ちょっとは仲良くなりましたかね。
月は昇らないのに太陽は昇るのは、きっと別のシステムになってるんでしょう。人工太陽が昇らないとプラントは真っ暗なままですもんね。あまり深く考えないでください。ねっ。
ギャーギャーとうるさいシンを黙らせるための渾身のアイデアが、紙工作だったという、案外レイもかわいい面ががあるのですよ、という回でした。


 
posted by 松風久遠 at 16:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/367851412

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。